建物使用目的の変更による保険金支払(約8800万円)の免責が認められた判決
山口地判令和3年7月15日(令和2年(ワ)第52号)を紹介します。
本件で、原告は火災により所有建物が全焼したとして、原告が契約していた被告保険会社に対して保険料約8800万円の支払を求めました。これに対して、保険会社は、保険の対象である建物の使用目的が変更されているのに約款上の通知義務が履行されていなかったことを理由に、保険料の支払を拒絶しました。
今回の保険契約に関する約款には、具体的には、次のような約款上の規定がありました。
第8条[ご契約後に通知いただく事項-通知義務その1] ⑴ 保険契約の後、次の①から③のいずれかに該当する事実が発生した場合には、ご契約者……は、遅滞なく、その旨を当会社に通知しなければなりません。…… …… ⑵ 本条⑴の事実の発生によって危険増加が発生した場合において、ご契約者……が、故意または重大な過失によって遅滞なく本条⑴の規定による通知をしなかったときは、当会社は、ご契約者に対する書面による通知をもって、この保険契約を解除することができます。 …… ⑷ 本条⑵の規定にかかわらず、本状⑴の発生によって危険増加が発生し、この保険契約の引受範囲を超えることとなった場合には、当会社は、ご契約者に対する書面による通知をもって、この保険契約を解除することができます。 第9条[当会社に通知いただけなかった場合の保険金のお支払い] …… ⑶ 第8条の規定による解除が損害または費用の発生した後になされた場合であっても、……第8条⑴の事実が発生したときから第8条⑷の規定による解除がなされた時までに発生した事故による損害または費用に対しては、当会社は、保険金をお支払いしません。この場合において、 すでに保険金をお支払いしていたときは、当会社は、その返還を請求することができます。
被告保険会社の主張は、この約款規定に基づき保険料支払が免責されるというものでした。なお、引受範囲については、重要事項説明書において「建物の使用目的を変更し、居住用でなくなった場合」と定められていました。
これに対する原告の反論は、①一般人は、居住用建物であった本件建物が空き家になっても居住用建物のままと考えるのが通常で、空き家になったからと言って本件建物の使用目的を変更したと考えないから、単に約款上で用途変更と規定し、これに空き家になった場合を含むとするのは不明確な規定である、②空き家になったときに引受け範囲を超えることは約款上に明確に定められておらず、不明確な規定である、このため、原告は約款に拘束されないというものでした。
そこで本件の主な争点は約款に基づく解除の可否であり、さらに細かく見れば
- 建物の使用目的変更があったのか
- 使用目的の変更があったとしても、引受け範囲を明確に定めないで締結した場合に約款に基づく解除が可能か
というものでした。
この争点に対する裁判所の判断は、次のようなものです。
平成24年8月当時、本件建物……2階に一家が居住していたため、本件建物の用法を専用住宅として、原告と被告保険会社は本件保険契約を締結したが、一家は……本件建物を退去し、その後、本件火災が発生した平成29年3月26日までの約4年間、本件建物は施錠機能を有しない状態のまま空き家となった……、一家が本件建物から退去して以降、Dが、本件火災発生までの間、時折、本件建物を訪れたことはあったものの、本件建物及びその内部は放置されたままであり、本件火災発生当時、本件建物内部は、電気配線が切断されて盗まれ、犬の糞や成人向け雑誌が散乱し、ブラウン管テレビが10台近く不法投棄された状態であったことが認められる。 被告保険会社の家庭総合保険の内容と本件建物の状況を踏まえると、被告保険会社の家庭総合保険を締結した一般的な保険契約者は、本件火災発生当時の本件建物を専用住宅、共同住宅又は併用住宅といった人が住宅として使用する建物と理解するとは考え難く、本件建物の使用目的は変更され、居住用ではなくなったと理解するのが普通であろうといえる。 したがって、本件火災発生までの間に、本件建物は「建物の使用目的を変更し、居住用ではなくなった」ということができるので、被告は、原告に対し、本件約款第4章第8条4項に基づき、本件保険契約を解除することができる。 ……原告は、本件約款が一般人には不明確であるから、空き家になったことの危険増加は全て引受範囲内の危険増加と扱うべきであると主張するが、前記認定のとおり、本件約款及び本件保険契約締結の際に交付された重要事項説明書及び冊子によって、「建物の使用目的を変更し、居住用ではなくなった場合」に、本件保険契約の引受範囲を超えることが明確に定められていることから、原告の主張は、要するに、「建物の使用目的を変更し、居住用ではなくなった場合」の要件が一般人にとっては不明確であるので、本件建物は、本件火災発生時も、本件保険契約当時と同様に居住用のままであるとして、当該要件を満たさないと主張するものと解される。 しかし、前記のとおり、本件建物が施錠機能を有しない状態で長期間放置され、その内部も不法投棄された物などが散乱した状態であれば、一般的な被告の家庭総合保険の保険契約者は、前記判断のとおり、本件建物の使用目的は変更され、居住用ではなくなっていたと理解するものと考えられるので、原告の主張は採用できない。
以上のとおり、裁判所は原告の主張を退けました。使用目的変更の通知義務違反による免責は珍しいものです。また、約款の明確性判断にあたり重要事項説明書の記載を考慮して判断されている点が参考になる裁判例と思われます。