発信者情報開示請求にかかった費用を相手に請求できるか
はじめに
SNS、グーグルマップの口コミ、転職サイトなどで、根拠のない誹謗中傷を受けた場合、多くの方が「誰がこんなことを言ったのか?」と思われることでしょう。このような時には、発信者情報開示請求を通じて加害者を特定する手段があります。しかし、この手続きを弁護士に依頼する場合、一般的には弁護士費用が発生します。
そこで気になるのが、これらの費用を相手に請求できるのか、そして、どの程度の金額を負担させることができるのかという問題です。今回は、具体的な裁判例を基に解説していきます。
結論
発信者情報開示の手続きにかかった弁護士費用は、調査費用として相手方に請求することが可能です。
ただし、判決でその全額の請求が認められることは多くありません。
裁判例では、①領収書等の証拠を提出し、かつ、②認定されるであろう慰謝料等の損害額が高額となる重大な事案である場合、③同時に複数人に対する開示手続が行なわれていない場合に、調査費用全額の請求が認める傾向にあります。
弁護士費用についての解説
弁護士費用には、着手金、報酬金、手数料、法律相談料、日当、実費などが含まれます。これらの費用は、損害賠償請求の際に相手方に対して請求することができますが、実費ではなく損害額の1割が弁護士費用として認められることが通例です。
しかし、発信者情報開示請求の場合、これらの費用を弁護士費用とは別に「調査費用」として相手方に請求することができます。
それでは、具体的にいくらくらいが認められるのでしょうか。調査費用全額の損害賠償請求が認められるのは、どのような場合なのでしょうか。
裁判例の分析と私見
2024年4月15日現在の時点で判例検索サービスに掲載されている直近の裁判例を次の表のとおり整理してみました。調査費用の賠償が多くの場合に認められる一方、全額ではなくごく一部の賠償しか認められていないことがわかります。
裁判所及び判決日付 | 認められた慰謝料等の損害の額 | 原告が請求した調査費用 | 認められた調査費用 | 理由・備考 | |
① | 大阪地裁令和5年10月26日 | 20万0000 | 30万0000 | 0 | 証拠がない |
② | 大阪地裁令和5年10月23日 | 15万0000 | 22万0000 | 1万5000 | 無形損害の額その他本件に現れた一切の事情を考慮 |
③ | 横浜地裁川崎支部令和5年10月12日 | 70万0000 | 30万0000 | 7万0000 | 損害の額(70万円)の1割 |
④ | 東京地裁令和5年6月19日 | 30万0000 | 30万0000 | 0 | 証拠がない |
⑤ | 東京地裁令和5年6月12日 | 12万0000 | 45万4194 | 10万0000 | 発信者情報開示手続の性質・内容等を考慮 |
⑥ | 名古屋地裁令和5年3月30日 | 30万0000 | 55万0000 | 55万0000 | 被告に対する民事上の損害賠償請求訴訟の前提として 必要不可欠な手続のための費用といえるから、 被告による不法行為と相当因果関係を有する損害として認めるのが相当 |
⑦ | 大阪地裁令和5年3月16日 | 50万0000 | 44万0000 | 5万0000 | 損害の額その他諸般の事情を総合考慮 |
⑧ | 東京地裁令和4年12月20日 | 15万0000 | 66万0000 | 10万0000 | 本件各投稿のみについて手続が行われたわけではないことを考慮した |
⑨ | 千葉地裁木更津支部令和4年12月15日 | 110万0000 | 73万4600 | 73万4600 | 本件では発信者情報の開示を受けるという手続を経ることが必須であり、 専門家である弁護士に委任し、費用を支払ったことは、相当性がある |
⑩ | 東京地裁令和4年11月17日 | 80万0000 | 56万9500 | 55万0000 | 開示請求は専門的な知識を有しない者が行うことは相当な困難が伴うから、 調査費用は不相当に過大なものでない限り、不法行為と相当因果関係のある損害と認める |
⑪ | 東京地裁令和4年11月17日 | 10万0000 | 93万5000 | 10万0000 | 委任事務の遂行経過のほか前記認定の慰謝料額との均衡などを考慮すると、 発信者情報開示に関する弁護士費用は10万円と認めるのが相当 |
⑫ | 東京地裁令和4年5月20日 | 10万0000円 | 99万0000円 | 99万0000円 | 本人訴訟のため、調査費用について欠席又は有効な反論をしなかったと考えられる |
傾向の分析
調査費用のうちいくらを損害として認めるべきかについて、各裁判例で様々な理由付けがされています。その中でも最も多いのは、投稿による無形損害(慰謝料等)の額を考慮するものです(②③⑦⑪)。これらの裁判例では、損害額が低額であることとの均衡を考慮し、調査費用の一部しか損害として認めませんでした。そのほかの裁判例を見ても、慰謝料等の損害額以上の調査費用の賠償を認めたのは、裁判例⑥に限られます。
これら11件の裁判例の中で、全額ないし全額に近い調査費用の損害賠償が認められたのは、⑥、⑨及び⑩です。これらの裁判例は、全額を認める理由について、特段の理由を述べていません。
しかし、⑨と⑩は、いずれも認定された無形損害額(慰謝料やプライバシー権侵害による損害の額)が大きいという点で共通しており、重大な権利侵害が行われた場合には、調査費用全額の賠償が認められやすいようです。
また、全く調査費用の賠償が認められなかったのは、証拠がなかった①と④のみでした。適切な立証を行えば、少なくとも調査費用の一部は損害として認められやすいと考えられます。
また、一度の開示請求手続きで複数人の発信者情報を開示した場合にも、その調査費用全額の賠償が認められない傾向にあります(⑧、⑪)。
以上から、投稿による権利侵害が重大で、かつ同時に複数人に対する開示請求手続きを行っていない場合に、全額の調査費用が認められやすいと考えられます。
まとめ
発信者情報開示費用の一部は損害として認められる可能性が高く、一定の条件を満たした一部の事案では全額が認められる可能性もあります。その判断には、専門的知識を必要とするため、まずは弁護士に相談されることをお勧めします。